プロフィール

トレーニング理念 :  人生に希望と勇気を

17年でのべ3万人以上のお客様をサポートさせて頂いております。

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日本体芯力協会会長 ・ JDA会長 鈴木 亮司(すずき りょうじ) パーソナルトレーナー
活動場所:ティップネス町田店

1977年千葉県館山市生まれ(X JAPANの出身地)

趣味:絵を描く、読書、音楽を聴く

家族:嫁、娘(10歳)の3人家族

町田市在住

小中学校で野球、高校で陸上競技、高校卒業後、トレーナーの専門学校に入ると同時に格闘技活動を開始。トレーナーとプロ格闘家の平行生活を13年間続ける。
2009年選手引退後はパーソナルトレーナー活動に専念。

 

■弱さからの脱却。人は変われる。強くなれる。

幼少期の体育の成績は「3」か「2」。体がガリガリに痩せていたので、みんなからつけられたあだ名は「肋骨」。イジメられているというところまではいきませんでしたが、弱いグループの中にいました。何かを言われても言い返せないので、心の中はいつも悶々。人には言いませんでしたが、この時から「強くなりたい」という欲求がありました。

小学校で野球を始め、そのまま中学でも野球部へ。そこで待っていた刑務所のような練習。レギュラー以外の人間には練習すらさせてもらえず、球拾いか走っているだけ。理由もわからないうさぎ跳びや走ることを延々とやらされる日々。この状況で野球を好きになるはずはなく、精神的にも良い状態であるはずもなく、学校の成績や友人関係も悪化していきました。

中学3年生になり部活を引退する少し前に、不良の高校生からカツアゲをされました。この時も何もできない自分に腹が立って仕方がありませんでした。
当時は相撲で千代の富士が活躍していた時代。身体が細かった千代の富士は努力を重ねて、力士としては小さい身体ながら、自分より大きな相手に勇敢に立ち向かって勝っていく姿に猛烈に憧れました。
そこで再び湧いた「自分もあんな風になりたい」「強くなりたい」という欲求。
そこから、千代の富士が行なっていたという腕立て伏せを始めました。
毎日150回の腕立て伏せを半年以上続け、食事の摂り方も変えました。

すると、どんなに努力をしても変わらないと思っていた自分の身体が、どんどん変わっていったのです。「どんな人でも変わることはできる」と思えた瞬間でした。

■陸上で次々と結果を。でも「なぜ結果が出たのか?」がわからない。

その後、周囲からも「以前とは別人」と言われ始め、少しずつ自信をつけていき、高校では陸上部に入部。陸上の成績は全て数字に現れるので、トレーニングや練習の成果がわかりやすく反映されます。逆に言えば、トレーニングや練習の正しい・間違いはすぐに判断できます。
トレーニングや練習をして、試合で試す、ということを繰り返していくのが本当に楽しく、ぐんぐん成績が伸びていきました。

陸上を始めて一年で県のトップ3に入れるようになり、高校3年になると県高校総体で大会記録を出して優勝。万年補欠だった野球部時代から、陸上競技を始めて2年で全国高校ランキングトップ10に入るまでになりました。
ここにはもう「弱い自分」はいません。
ですが、感覚だけで練習やトレーニングをしていることに不安を感じるようになります。

そこで、トレーニングをもっと専門的に学ぼうと思い、トレーナーの専門学校に進学することにしました。
同時に憧れだった総合格闘技を始めました。

なぜトレーニングを重ねるほど、身体が劣化していくのか?

しかし、専門学校では、専門的に学んだ運動法であるウェイトトレーニングや心肺機能を高めるトレーニング、敏捷性や瞬発力を高めるトレーニングを続けているのにも関わらず、格闘技の練習やトレーニングをやればやるほど体が壊れ、思うように動かなくなっていく体に絶望を感じることになります。

「高校の陸上競技の時、あんなに動いた身体がトレーニングによって劣化している」と感じました。やればやるほど深みに嵌ってしまい精神的にも鬱状態に。同時に、働き始めていたスポーツクラブでも、指導していたお客様の身体が良い方向へ行かないことにももどかしさと無力さを感じていました。

「何か別のやり方を探さなくてはダメだ」

そう思っていた頃に重度の眼窩底骨折を患いました。視野が極端に狭くなり、ほとんどのものが二重に見えるという生活が数ヶ月。医師から従来の筋トレやランニングなど目に負担がかかる運動を禁止されました。絶望的になっていたのですが、これがきっかけで「身体に負担のかからない方法」を模索し始めることになりました。
武道や東洋医学を学び、新しいやり方を構築していき、関節や血管の負担の少なく、動きをよくするようなトレーニングを探しては試す日々が続きます。

そうしているうちに怪我も回復。身体も動きが良くなり、戦績も伸びました。
すると、指導していたお客様も「ずっと痛かった腰や膝の痛みが良くなった」「全然苦しい思いをしてないのに痩せた」、「歩くのが楽になった」など身体も変わり、トレーナー業も盛況で常に予約が満員になっていったのです。

 

■トレーニングによる効果が出た。しかし根拠がないので自分のやっていることに自信が持てなかった。

自分のトレーニングのやり方を変えて自分自身、そしてお客様にも効果があった。しかしこのやり方にも根拠がわからない。このやり方に裏付けが欲しい。

そう思いながらなかなか見つけることが出来ず、「こんな裏付けのないやり方で先々やって行く自信がない」と、トレーナー自体を辞めようとまで思っていました。

そんな時に何気なくインターネットを検索していると体育学の権威東大名誉教授小林寛道先生の講義があることを知りました。

実はこの数年前にインターネットで小林寛道先生の記事を読んだことがありました。

「凄い理にかなったことが書いてある。いつかあってみたい」

と思っていました。

それから数年後の出来事でした。

小林寛道先生の講義の日。いつもは仕事なのですが、その日は偶然時間が空いていました。

「これはまさに天から与えられたものだ!!」

即電話をして予約。当日までワクワクが止まりませんでした。

実際講義を受けてみて衝撃を受けました。鳥肌が止まらなかった。

自分がやっていることの100歩も先を行く理論、そしてそれらを科学的に形にしていた。臨床実験も行い、科学的なデータも存在していた。

「これだ!!」と思いました。

この出会いが自分のやっていたことに確信を持つことができ、トレーナーという仕事を一生のものにできるという自信がつきました。

そしてこのやり方をもっと多くの人、特に指導者に知ってもらいたいと思ったのです。

かつての僕と同じように自分の体に絶望している人、指導していても明確に答えられないことにもどかしさを感じている指導者にこの知識を広め、日本を元気にし、希望を持ってもらうことが僕の使命だと思っています。

 

パーソナルトレーナーとして16年間で述べ30,000人以上のクライアントを担当。クライアントにはアメリカプロバスケット選手、プロ格闘家、プロボクサー、全日本レベルのスカッシュ選手から80歳以上の方まで幅広い。

自身の娘が「ダウン症」であり、障がいのある子供でも効果のある運動や栄養の分野にも詳しい。夢は障がいがあっても無くても体力や年齢に関係なく皆が同じようにできる効果のあるトレーニングを見つけ、世の中に広めること。

著書 『100歳まで歩ける!「体芯力」体操』2016年6月24日青春出版社より出版

発売後2ヶ月で増刷。

月刊わかさ、産経新聞、サンデー毎日で度々取り上げられ『噂の東京マガジン』では2度の見出し大賞を受賞

2冊目の著書『腰、ひざ痛みとり「体芯力」体操』が2017年2月24日に出版。

メディア掲載

産経新聞、読売新聞、毎日信濃、房州日々新聞、サンデー毎日、月刊わかさ、書籍紹介サイト新刊JP、女性セブン

 

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▶保有資格

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認知動作型トレーニング指導者
つるた療法普及会会員
全米エクササイズ&スポーツトレーナー協会認定パーソナルフィットネストレーナー
ゴルフコンディショニングスペシャリスト
フィットネスニュートリション(栄養学)スペシャリスト
プロボクシングC級ライセンス
レスリング初段
サンボ初段

▶選手時代の大会実績

 

◆陸上競技成績

1994年
千葉県高校記録会優勝
千葉県民体育大会高校の部2位
千葉県高校新人戦2位

1995年
千葉県高校総体優勝(大会新記録)
南関東総体3位
全国高校総体出場
南関東選手権大会9位
千葉県県民大会高校の部優勝
全国高校ランキング(最高)9位

 

◆格闘技戦績

2000年
レスリング国体東京予選3位
フレッシュマンズレスリング優勝大会MVP
ボクシングC級プロライセンス取得

2002年
シュートボクシング参戦

2003年
プロ総合格闘技参戦

2007年
K-1 WORLD MAX日本武道館大会参戦

2008年
総合格闘技DEEP参戦
トリビュレイトウェルター級タイトルマッチ

2009年
ZST参戦

鈴木亮司K-1ファイター